『ディセイブガールは語らない。』


「巴ちゃ〜ん! こっちこっち!」 待ち合わせ場所が分からなくて、周囲をキョロキョロ見渡していると、 懐かしい声が聞こえて、巴は顔をそちらに向けた。 「あっ!」 目線の先には、Jr.選抜合宿で一緒に切磋琢磨した仲間たちが居る。 小鷹 那美、早川 楓、吉川 美咲、鳥取 ナヲミ、原 涼香。 嬉しくなった巴は大きく手を振ると、ぴょんっと飛び跳ねるように彼女らに駆け寄った。 「わぁ〜っ皆さん、久しぶりです〜っ!」 「巴ちゃん、相変わらずだねぇ」 そう言いながら笑った那美も、相変わらずのリボンとポニーテールを揺らしている。 その様子を見て、巴は「帰って来たんだな…」と思うのだった。 「アメリカには慣れた?」 「うん。コミュニケーションもけっこう取れるようになったし」 「英語もけっこう話せるようになったんだ」 「ううん。何となく、雰囲気で!」 「…本当に相変わらずなんだね…」 巴は中学を卒業後、日本の高校へは進学せずに、アメリカに渡った。 今は夏休み中なので、日本へ一時帰国していたのだ。 那美に帰国を伝えると、皆を集めてくれると言うので、久々の同窓会を開催する事になったのだ。 同じ学校でもないのに、“同窓会”と言うのも少し可笑しいかもしれないが、 巴が「じゃあ、『Jr.選抜☆あの夢の夜の女子会スペシャル』にする?」と言ったら、満場一致で反対の憂き目を見たので やっぱりこの集まりを評すのは“同窓会”になったのだった。 「―――巴」 後ろから、低い声で呼ばれ、巴は振り返った。 「あ、亜久津さん!」 「いきなり走り出すんじゃねーよ、ったく…。 危うく見失う所だったじゃねーか」 「えへへ、すみませ〜ん」 「反省してねーな、テメェは…」 「いえ、してます! 本当です!」 巴が握り拳を作って力説すると、亜久津は小さく舌打ちをした。 「……チッ。まぁ、俺ももう行くぜ」 「はい! 送って下さってありがとうございました」 「帰りは俺の方が早ぇはずだから、電話しろよ」 「分かりました。亜久津さんも楽しんで来て下さいね」 「ああ。じゃあな」 亜久津はくるりと踵を返すと、人混みの中へあっと言う間に消えてしまった。 彼は背が高いのだけれど、それでもすぐ見えなくなってしまうこの雑踏は凄いな、と巴は思う。 「さ〜てと、お待たせ! 最近人気のお店に案内してくれるんだよね? 楽しみ〜♪」 巴がニッコリと笑うと、不自然な視線を向けられている事に気が付いた。 「あ…れ…? 皆さん、どうしたんですか?」 恐る恐る尋ねると、彼女等は一同に顔を見合わせると、大きな溜息を吐いたのだった。 * * * 「まさか人前であんなにイチャ付かれるとはね!」 「でも、あんなに仲良しだなんて、羨ましいな」 「…鳥取さんと樺地くんだって、同じじゃないの…?」 プリプリ怒っているのは早川で、のほほんと答えているのは鳥取。 最後、控えめにツッコミを入れているのは原だ。 しかし、巴が「原さんだって、切原さんと仲良いですよね!」と言うと、 「あれは面倒を見てるって言うのよ!」と凄い剣幕で反論されてしまった。 「でも、巴ちゃんが亜久津さんを連れて来たのにはビックリしたよ。 アメリカでは一緒って聞いてたけど、まさか会うとは…」 ハーブティーを飲みながら、那美が少し困ったように言った。 「え? 別に連れて来た訳じゃないよ。 亜久津さんも、山吹の皆さんと会うって言うから、ついで」 「じゃあ、帰り電話しろって言うのは?」 「私、一週間したら岐阜に帰るつもりなんだ。 その間は、亜久津さんの家にお世話になる予定なの。 あ、優紀ちゃんに―亜久津さんのお母さんね―是非って言われたからなんだけど」 「そうは言っても…やっぱりあの亜久津さんだよ〜?」 「あのって、どの亜久津さん?」 巴がそう言って、ぱくっとミックスベリーのパンケーキを頬張ると、 今まで黙っていた吉川が、カチャッとナイフとフォークを置いた。 「“不良で問題児の亜久津 仁”に決まっているでしょう」 「ちょ…ちょっと吉川さん!」 驚いた那美がフォローに入るが、吉川は突き放すようにキッパリと言った。 「私は本当の事を言ったまでよ」 「あ、あのね、赤月さん。吉川さんは赤月さんの事を心配してくれたんだと思うの」 更に鳥取が間に入る。 「私も、最初はちょっと心配してたから…。ね?」 鳥取と視線が合った早川と原が頷く。 「まぁ、それはそうね」 「みんな、そうだと思う…」 「でもさ、上手く収まってくれて良かったですよね。うん」 最後は那美が宥めるように言った。 囲まれた友だち全員に「心配していた」と言われた意味が、当の巴はよく理解出来ない。 「ねぇねぇ、さっきから、みんな何の心配してるの?」 「はぁ? まだ分っかんないの!? この猪娘! アンタが――」 「―――早川さん、落ち着いて」 その剣幕に巴は一瞬ビクッとしてしまったが、少々感情的になった早川を吉川が制する。 そして、その台詞の後を冷静に続けた。 「相手を考えれば、心配するのは当然でしょう? あなたが騙されて、彼に酷い事をされるんじゃないか…って」 「……………」 吉川の言葉に全員が、しん、と静まり返った。 しかし、 「―――――騙されてないよ?」 あっけらかんとした巴の言葉に、全員がガクッと姿勢を崩した。 「そうなるかもって心配してたって話よ! 騙されて、色々されちゃった後、飽きたらさっさと捨てられてたかもって!!」 「え…ええーっ!? 何それ!?」 「何でアンタが一番驚いてるのよ!? もう付き合い切れないわ!」 早川は拗ねたようにプイッと横を向いてしまった。 「早川さんの言うような意味でなら、赤月さんよりもっと適合者が居るだろうけど、 こう言うのって、あくまで個人の趣味に寄る所が大きいし」 眼鏡を掛け直しながら、吉川はやはり淡々と言う。 「いつも思うんですけど…吉川さんって亜久津さんの事、嫌いなんですか?」 「ええ、嫌いよ。粗暴で、自分勝手で。 最近は真面目にテニスをやっているようだけれど、同中生だったと言うのも恥ずかしいわ。 ちなみに、赤月さんの事、趣味悪いとも思ってる」 「……吉川さんって、こんなに容赦無かったっけ?」 流石の巴も苦笑いを零してしまった。 「まぁまぁ、惚れた腫れたは個人の自由って事で! 今日は久々に集まったんだから、もっと明るい話題で盛り上がりましょう!!」 結局、那美が助け舟を出してくれて、亜久津の話題はここで打ち切りとなった。 のだが――――― ―――――そっかぁ。私、そんなに心配されてたんだ…。 『騙されてるかも』…なんて可能性、初めて気が付いた。 元々、巴の方から亜久津に近付いて行ったのだから、そんな事を考える余裕なんてなかった。 騙されるかどうかって、どうしたら判るんだろう? そんな感じは全然しないけれど、騙されている事に気付かなければ、判る訳がない。 とても会いたかったはずの友だちの笑い声を聞きながら、巴は紅茶のカップを覗き込んだ。 考えるのは、亜久津の事だ。 騙されてる―――― 考えたけれど、やっぱり判らなかった。 * * * 「亜久津さん、ただいまです♪」 合鍵で玄関から入り、居間にぴょこっと顔を出すと、 少し驚いた表情の亜久津と目が合った。 「何だ、電話しろって言ったろ」 「早めに切り上げましたから。夏だから、外まだ明るいですし。 はぁ〜、クーラー涼しくって気持ち良いですね〜」 そう言いながら、パタパタと亜久津に近付く。 「ところで、亜久津さんお一人ですか? 優紀ちゃんは?」 「あっちも友だちと飲み会だとさ。 ったく、久しぶりに息子が帰って来たって言うのに、 あのババァときたら………随分といい気なもんだぜ」 「きっと安心したんですよ。私のお父さんもそんな感じですから。 安心だから、ハメを外したくなる…みたいな。 そう言えば、亜久津さんこそ、帰るの早いですね」 「千石が煩くて逃げて来た」 「アハハ! 今度、私も千石さんに会いたいです」 「アイツの話題は主にお前だった」 「そうなんですか。じゃ、やっぱり会わないとですね」 「…おい…」 「あれ? もしかして妬いてます?」 巴が悪戯っぽく笑うと、 亜久津は不機嫌そうに無言で、読み掛けの本に視線を移してしまった。 『あなたが騙されて、彼に酷い事をされるんじゃないか…って』 不意に、吉川の言葉が蘇る。 横を向く亜久津の姿をじっと見つめてしまった。 …まぁ、確かに、外見からして近寄り難い人だけれど。 「亜久津さん」 「何だ?」 視線は向けず、亜久津はそのままの状態で答える。 「私の事…好きですか?」 「好きだぜ」 「え?」 「え…あっ」 即答された事に、巴が驚いていると、 何故か亜久津本人も驚いたように口許を押さえた。 「亜久津さん、もしかしてさっきの無意識でした?」 「う、うるせぇ! ―――チッ…気が緩んで…」 後ろの言葉はよく聞き取れなかったが、それでも構わない。 巴は亜久津の座るソファに腰を降ろした。 「あの、自分で聞いといて何なんですが…凄くビックリしました」 「あー、そうかよ!」 半ば自棄気味。 「でも凄く嬉しいです! えへへっ!」 巴が笑うと、亜久津はようやくこちらを向いた。 「ああ、そうかよ」 相手を肯定する相槌。 「はい、そうです」 亜久津が長い手を伸ばし、巴の頬に触れた。 他の人がどう感じるかは分からないが、 マメだらけのこの右手以上に優しい手を、巴は知らない。 触れられた所から、暖かさがじんわりと伝わる。 その暖かさと一緒に、“とても大切にされている”と、実感するのだ。 巴も、亜久津の手に自分の手をそっと重ねた。 同じ様に、自分が感じている事が少しでも亜久津に伝われば良い。 とは言え、亜久津が本当は何を考えて、巴と共に居るのかは分からない。 亜久津だって、巴の考えている事を知りはしない。 きっと誰もがそうだ。 他人の事を全部知る事は出来ない。 だからこそ――――例え、誰が何と言おうと。 自分が感じたこの手の優しさを、素直に受け止めれば良いんだ。 「私も、亜久津さんが好きです」 「ああ…そうかよ…」 もう知ってるから黙れ。 続けて三度、同じ台詞なのに、全然違う。 その愛おしげな口調の後、巴は唇を塞がれた。 それに。 もしかして“騙されてる”のは、みんなの方かもしれなのにね。 飛行機に乗ってまで追い駆けた人だから……ライバルが増えるのはノーサンキュー!

―E N D―




(photo by 空に咲く花
※deceive=(人を)騙す、欺く。
2013.xx.xx

Sweet・Suite
有吉様
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