家に帰って話したら
「それ、からかわれたんじゃないの?」なんていわれちゃったけど
ちょっとした、3人だけの秘密結社。




One Day.

巴の偵察日誌~立海編~




「赤月、少しいいかな」
部活後の帰り道、私は乾先輩に声をかけられた。
皆でワイワイ歩いている輪から少し外れて乾先輩の横につくと、先輩は少しバツが悪そうに私を見下ろした。

「突然ですまないが、日曜俺に少し時間をくれないか?」
「今週ですか?えーと……今のところ大丈夫ですよ。どうしたんですか?」
「少し、付き合って欲しいところがあるんだ。……一人で行ってもいいが見つかった時に二人の方が何かと誤魔化せるかと思ってね」

その様子にピンと来た私は少し声を潜めて「偵察ですか?」と尋ねると先輩はうん、とひとつ頷いた。

「この間1人で行ったら見つかったのか警戒されてしまってね。小学生の妹の学校見学付き添いということにしようかと思うんだ」
「小学生の…それなら那美ちゃんの方がいいんじゃないですか?」
「確かに小鷹なら身長も低いし子供に見えなくもない。ただ、赤月なら万が一何かあった時に俺と同じスピードで走って逃げる事ができるだろう?」
乾先輩はパラパラとノートをめくると、指でなぞるようにして何かを確認した。
「公式で記録した100m走のタイムもさることながら、おととい遅刻ギリギリで越前と走っていたときのタイム、
あれはすばらしかったよ。あれなら誰にもつかまる事はない」
「…見てたんですか?」
「教室の窓からだけどね。すぐに誰だか分かったよ。」
「あの、手塚部長には」
「気づいていないと思うよ。手塚の席は窓際じゃないし結果的に二人とも遅刻していないからね」
ホッと胸をなでおろすと、乾先輩は少しだけ意地悪そうに笑った。

「まぁ、口止めも兼ねて協力してくれればいいから」
「…わ、わかりました」
結局、断ることもできずに私は日曜日に乾先輩とおでかけすることになってしまった。


 *   *   *


  そして日曜日の約束の時間、乾先輩は既に駅の改札前で待っていた。
壁に寄りかかり、文庫本のようなものを眺めていた先輩は私に気づくと本をたたみ、かるく手をあげた。

「悪かったね、無理やりつき合わせてしまって」
「大丈夫です!すみませんお待たせしてしまって…あの、私小学生に見えますか?」

朝、一生懸命小学生の女の子に見えるように洋服を考えたのに、出かける直前になって
『学校見学にその格好おかしいでしょ』
とリョーマ君にダメだしされてしまい、結局いつもと同じ格好になってしまった。

「そうだな…ファッションの事はよくわからないけど、可愛いと思うよ」

乾先輩があごに手を当てまじまじと私を見るので、なんだか恥ずかしくなってしまった。

「リョーマ君が、こういう格好の方が学校見学っぽいって言うので着替えたらギリギリになっちゃって」
「越前の見立てか。なるほど、言われてみれば越前らしい」
うんうんと乾先輩は納得したように頷いていたけれど、私がその理由を聞く前に駅へと促されてしまった。

電車の中では潜入先である立海大付属のお話を聞いた。
私はそこに進学を希望している小学生、という設定だけど基本的にはお兄ちゃん役の先輩が
色々やってくれるので特に心配しなくていいよ、と言うことだった。
潜入なんてした事がないので私はちょっぴりドキドキしつつ、やけに手馴れている乾先輩の様子に、
“将来の夢はスパイなのかも?”なんて想像したりしていた。

そうこうしている間に立海大付属について、用務の先生に案内されて学校を一巡りする。
本当ならテニス部だけを見たいけどそういうわけにもいかないからね、と乾先輩はまるで大人のように私の付き添いをしてくれた。

用務の先生には事前に「テニス部の見学がしたい」と言ってあったらしくテニスコートまで来ると、
あとは自由に見学をして帰る時に声をかけるようにとだけ言って去って行ってしまった。

「よし。これで好きなだけデータが取れるぞ」
先輩は草むらにビデオカメラを設置して、そこからデータを取るので、私は邪魔にならないようにコートの影からこっそり覗く事にした。

立海のテニス部は土曜日なのに本格的な試合をしていて、青学に比べると何だかコートの空気が張り詰めている気がする。
見つかってしまったら誤魔化せる自信ないけど、もっとちゃんと試合を見たいと思ってしまう。

「…でも、見学希望って言ってあるなら大丈夫かも?」
「見学希望ならもっと前で見るといい」
「へ?」
振り返ると、そこには立海ジャージをピシッと着た背の高い男の人が私を見下ろすように立っていた。
私が驚いていると相手も少し驚いたように私を見て、それから何かを理解したように一つ頷いた。

「お前は……なるほど、そういう事か」

「えっ?あの…?」
「いや、何でもない。入学希望の小学生が見学にくるという話は聞いている。もっと前で見ても問題ないだろう」
「は、はい、ありがとうございます!」
慌てて頭を下げると、男の人はキョロキョロと辺りを見渡した。

「…それで、君のお兄さんはどちらに?」
「お兄さん?」

お兄さんなんていない…と言おうとして、私はあわてて口を押さえた。今は乾先輩がお兄ちゃん(という設定)なの忘れてた!

「い…お兄ちゃんならトイレに行くって言っていました!帰ってくるまで邪魔にならない所で見学させてもらいなさいって言われてて!」
必死で言い訳をしているうちに口の中がカラカラに乾いてくる。
そんな様子に気づいているのか、立海の人は少しだけきょろきょろしながら私にどんどん質問を投げかけてきた。

「ふむ…所で、君のお兄さんはいくつなんだい?」
「えっと…中学3年生で、15歳です」
「そうか、お兄さんはどちらの中学に?」
「あ……えっと、青春学園に…」
「それで、君は立海への入学を?通学はどこから?」
「ええと……あの…」

この辺の地名とかもよくわからないし、今日来た感じだと青春台から立海に毎日通うには少し無理がある。
私は言葉に詰まってうつむいてしまった。

「ふむ、君はこのあたりの地理にはそれほど詳しくないようだね。…そろそろ助けてあげたらどうだ?"お兄さん"?」
立海の人が少し大きい声を出すと、草むらからすっくと乾先輩が立ち上がった。

「…彼女はこの春に東京に出てきたばかりだからね。こちらの完敗だよ」
「えっ、いぬ…おにいちゃん?」
慌てて乾先輩の許へ駆け寄ると先輩は「見つかってしまったね」と苦笑いを浮かべて、それから立海の人と向き直った。

「久しぶりじゃないか、蓮二」
「そうでもないさ、貞治。この間も一人で来ていただろう?」
「そういえばそうだったな。いつから気づいていた?」
「彼女の顔には見覚えがある。俺もそれなりにデータを集めているからね」
「なるほど、さすが教授」
「博士ほどじゃないさ」

二人は少しだけ張り詰めた空気の中、とても和やかによくわからないことを話している。
多分、私が青学の生徒だと言う事はこの人には分かっていたんだろう。
私は二人を交互に見比べて、二人とも背が高いなぁと思った。

「赤月、紹介しよう。俺の幼馴染で立海大付属のテニス部に所属している、柳蓮二だ」
「柳だ。よろしく頼む」
柳さんは一歩前に来ると私にすっと手を差し出して握手をしてくれた。
「青学一年の赤月巴です!あの…嘘ついちゃってごめんなさい」
「構わないさ。おおかた貞治が思いついて君に持ちかけたのだろう?そしてもう一人の女子レギュラーではなく君が選ばれた理由は…」
「蓮二、それは…」

「…私が遅刻しそうだったとき足がすごく速かったから、って言われました」

少しだけ柳さんは目を見開いて、それからくっくっくと口元だけで笑った。
「…そうだったのか。なら赤也あたりに追いかけてもらえばよかったかな」
「それは穏やかじゃないな。彼女の脚力が見たければ青学に来ればいいだろう」
「ああ、近いうちにそうさせてもらうよ…赤月さんも、いいかな?」

楽しそうに話しかけられて私も頷いてしまったけど、それは柳さんもこっそり青学に偵察に来るってことだよね?
乾先輩の幼馴染だけあって、やっぱり色々似ているのかな?

「…見つかってしまっては仕方ない、俺たちは怒られる前に帰ることにするよ」
「まぁ待て貞治。偵察された所で立海の強さは変わらないしここから見る分には他の部員は気づかないだろう。せっかくだから観ていくといい」
「そうか。ならばお言葉に甘えるとしよう。終わったら適当に帰るよ」
「ああ、バス停辺りで待っていてくれれば合流する。駅まで送ろう」

柳さんはジャージの袖を少しめくると時計を見て、合流する時間を指定した。
「そうか。駅までなら迷わずに行けるが…何か話でもあるのか?」
乾先輩が不思議そうに柳さんを見ると、柳さんは切れ長の目をさらに細くして微笑んだ

「ああ、話があるのは貞治じゃなくて赤月さん、君だ」
「えっ?!私ですか?」
「そうだ。本当に立海に来ないか、説得をしようと思ってね」

冗談のようにも聞こえるしすごくまじめに言っているようにも感じて、私は困って乾先輩を見上げた。
先輩はメガネの位置を二回直すと、少し不機嫌な顔で柳さんから私を引き離すように前に立ちはだかった。

「そういうことなら先に帰らせてもらうよ。彼女はうちの大切な部員だからね」
「…何を焦っている?」
「蓮二こそ、らしくないじゃないか」
「そうか?まぁ冗談はさておき、たまには一緒に帰ろうじゃないか」
「……わかった」

口調はとても穏やかなのになんだか様子が変な気がしたけど、二人がとても仲良しということはわかったし、
それに帰り道も色々お話できて私は楽しかった。
乾先輩に聞いたら先輩も楽しかったようなので
(計画が柳さんにバレてしまったのは計算外だ、と難しい顔をしていたけど)
また、他の学校に偵察に行くときにはお手伝いします、と話をした。

「でも前に比べたらスムーズに構内には入れたし、成果は大いにあったよ」
「なるほど。それなら赤月さん、次は俺の偵察にも付き合ってくれるかな?」
「えっ?!柳さんの妹になるって事ですか?」
「ふむ…親戚辺りで充分だと思うが、それも悪くないな」
「蓮二、いい加減にしろ」
「いや、悪くないんじゃないか?兄妹と従兄弟ということにして三人で行けばいい」

…そんな感じで何故だかわからないまま今度は三人で偵察にいく事になったのだけど、
それはまた別の機会に。



2013/08/31 Misz Umino
PingPongDash!

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