「赤月さんのこと、下の名前で呼ばせてほしい」 


 「返事は今じゃなくていいんだ、次に会った時に、聞かせて」





**********



今思えば、幸村さんって何て策士だったんだろう。



**********




「うーーーん、一体どういうこと・・?」



私はそんなことを言われた後からずっと、
つまり、選抜合宿の帰りのバスの中から、ずっと、考える羽目になってしまって。

何をって?

そりゃあ・・ねえ?

幸村さんが何で、そんな“カンタンなこと”を言ったのかって。


女の子同士って、お互いの呼び方を確認って言うか、そういうのすること多いよね?


「私のことは、【朋ちゃん】って呼ぶこと、いいわね?」
「私は【桜乃】でいいよ。」
「私も、【小鷹】でも【那美】でもいいよ。」


入学して、私たち4人組はこんな風に呼び方を決めたんだけど。

でも実はこれって、女の子ならではって感じらしい。
リョーマ君が不思議がってた。男はそんなことしないって。

確かに周りの先輩たち、私を呼ぶのに、私の許可?なんか取らなかったもんね。

まあ、例外?として、
「俺のことは桃ちゃんって呼べ、お前のことは巴って呼ぶぞ。」ってのはあったけど、
それは桃ちゃん先輩らしいって言うか。

だから、幸村さんがあえてこんなことを言うって、どういうコトなんだろう?


“呼ばせてほしい”って言われて、
“いいですよ”って私は言おうと思ったんだ。大したことじゃないし。

でも幸村さん、私がすぐ返事するのを遮るかのように、

「今じゃなくていい」

って、私の顔見て、微笑んで言ったんだよね。


何で・・かなあ・・?



・・・

・・・・・


あ〜また、思考がぐるぐるしてきたよ・・。

こうやって私、あれからずっと、ずっと・・幸村さんのことを考えてる・・。




*****




卒業式間近の学校は、授業も部活もなくて、いつもとは違う雰囲気。


「ねえねえ、那美ちゃんたち。」


クラスも何となく浮き足立ってる感じだから、
ホームルームの前にちょっと、聞いてみたんだ。

男の先輩に、“名前で呼ばせてほしい”って言われるって、どういうコトかなって。


そしたら・・


「えー?それってやっぱり愛の告白・・なんじゃない!?」
「ちょっと待って。相手とその場の雰囲気によるんじゃないかしら?」
「あーそっか。気を持たせるヤツ、世の中多いからね〜。」


那美ちゃんと朋ちゃんが一気に盛り上がるけど、この会話、ほんとに中学生?

で、相手はだれ?って朋ちゃんに詰め寄られると、あっさり那美ちゃんが返事した。


「幸村さんでしょ?」


・・何でバレてるんだろう?


「あ〜立海の。まあ、アンタじゃ微妙・・って気はするけど・・。
 でも、安心なさいよ。朋ちゃんの情報によると8割方、告白で合ってると思うわよ。」

「幸村さんと巴ちゃん・・、学校違うのに、よく一緒にいるの見かけたし。」

「そうそう。幸村さんって合宿中、巴のことばっか構ってたじゃない?
 ああいう人ってモテそうだから、いちいち他校の巴に行かなくたって、
 自分の学校で十分っていうかさー。」

「そうよねー。」


・・・みんなひどい・・・


「そうじゃなくて、幸村さんがモテるタイプだから、
 あえて巴にってのが、ホントなんじゃないかなって言ってるんだよ。」


何か、若干ひっかかるけど、この場合、私が可愛くないとかイノシシとか、
そういう問題じゃないらしく。



うーん・・結局、結論としてはどうなの?
確かに幸村さんとは、この合宿でものすごく仲良くなれたと思ってるけど・・・。

でも愛の告白・・なんてのは、みんなぶっ飛び過ぎだよね。

それとこれとは別問題っていうか。

なんか、改めてそう思っちゃった。
私、考え過ぎてた気がするよ。




*****



「ちょっと!巴!あの人!」
「え?」


朋ちゃんにつっつかれ、正門に目をやると、そこには・・・、


「あっ!」



うーわ〜っ

ここのとこ、私を悩ませ続けた諸悪の根源(?)である、幸村さんの姿。
どうしよう!?って思う間もなく、だれかに背中を押されて・・



「赤月さん。久しぶり。」

「ゆ、幸村さん、こんにちは。どうしたんですか、わざわざこんなトコまで。」


私は努めて冷静に声を出した。出したんだけど・・。

うわーん。やっぱ、何だか気まずいような・・。
あっ?!気まずいだなんて、私、やっぱりちょっと勘違いしてる?

うわー・・それはそれで恥ずかしいよ〜。

さっき、考え過ぎって結論?出したのに〜。



「連絡もしないで急にごめんね。」

「え?ってことは私に?先輩たちにじゃなく?」


赤月さんって言われたんだから、十中八九私に用があるんだろうけど(しかも心当たりあるし)、
いざ、私にって言われちゃうと、もうどうしていいか・・。



「今日来たのは、赤月さんと話がしたくて。」


・・やっぱり幸村さんって、優しい声してるなあ。
とっても落ち着く声なんだけど、でも、これまでと違って・・・・私、意識しちゃってるような・・。


「・・少し時間がほしいんだ。」



私の小さな戸惑いに気付いてるのか気付いてないのか、
幸村さんはさっきとは一変、急に真面目なトーンになって。

私は小さくうなずいた。


あ、那美ちゃんたちの姿が見えないや。

代わりに・・帰り際の生徒の視線が痛い・・。
正門前で、違う制服の、しかも男の先輩と話してるもんだから、注目集めちゃってるよ・・。


「赤月さん。」

「は、はい。」


幸村さん、相変わらず、真っ直ぐ私の瞳を見てくるんだけど、
いつもの穏やかさに、強さが加わったような眼差しで。

逸らしたい気持ち半分、逸らせない気持ち半分・・。

それに瞳だけじゃないよ。
とっても優しい表情なんだけど、すごく凛としてる感じ・・

あ、幸村さんってこの季節にピッタリかも。
穏やかな空気に、時々、キリっと身が引き締まる・・みたいな風も吹いて。

・・って、何、分析してるんだろ・・・・・、意外と私、冷静?



「この間のお願いなんだけど、下の名前で呼ばせてほしいって・・・・いいよね?」

「え?あ、はい・・もちろん・・」


あれ?私の返事を聞くまでもなく、完結しちゃったよ?あれれ?


「フフ、今、『私の返事は?』って思ったでしょ?」

「!?」

「まず、この間の返事をもらいにきたけど、
 赤月さん、何となく顔赤くしているから、OKだろうなって思って。」


う・・そうだけど。

あれ?
私、もし、この間すぐ返事してたら・・・・、顔、赤くした・・?



「本当は全部、この間言いたかったんだ。」
「え?」


「・・・巴。」

「はっはいっ!?」



声、裏返っちゃったよ。

だって、【巴】って・・。


みんな私をそう呼ぶのに。

ずっと【赤月さん】って呼ばれてたから、改めて言われると、
恥ずかしいっていうか、でも嬉しいような・・・・、


何で?



ひとりで勝手にドキドキしてたら、それだけじゃなかった。




「俺、巴のことが好きだから、俺と付き合ってほしい。」



・・・・

・・・・・

・・・・・・え?



「・・えっえええーーっ!?」




そ、そうか・・、これ、告白ってヤツだよね・・?
ええと、こういう時こそ、落ち着いて・・冷静に・・物事を対処しないと!



「えっと・・何で私・・なんですか・・?」

「さっきも言ったけど、俺、巴のことが好きだから。」

「ぐっ・・」



じゃ、じゃなくてっ

えっと、どうしたらいいの!?



「俺、今、巴の返事を聞きたいんだ。」
「ふえっ!?」


い、い、今!?
この間のカンタンなお願いの時は、「今じゃなくていい」って言ったのに!?

私は短くて変な言葉しか出せず、ちょっとパニックに陥って。


「巴は青学に誰か好きな人がいるの?」
「え?・・えと・・いませんけど・・。」


この質問なら考えなくても答えられたけど・・。

そしたら、幸村さん、さらに追い打ちを掛けた。



「じゃあ、問題ないよね。俺と付き合うこと。」


「・・・・・・・・」



・・・・
・・・・・・


私はもう・・何も言えなかったよ・・。


幸村さん・・柔らかい笑みを浮かべてるのに・・。
言ってることがちょっと強引・・・?何だか反則だ・・。


私はどうしていいか分からなくて、思いつく限りのことを言ってみたんだけど・・、


「えっと〜そういう問題ではなくて〜あの、私、幸村さんと知り合って日も浅いし・・、
 そのぉ〜・・まだテニスのことしか知らないし・・幸村さん自身のことはよく知らないし・・」

「問題はそれだけ?」

「え?あ、はい・・・あれ?」


あれ?えっと?そう・・なのかな?あれ?




「少し、歩こうか。」



私は一呼吸して、心を整えようとした。
学校を後にして、二人で並んで歩き始めたんだけど、こんなこと初めてだから・・・。

私、一体どんな顔してるんだろう。



「巴は俺がいきなりこんなこと言って、少し警戒してる?」
「いえ、警戒というより、・・」


何で私なんだろう?って。
そう言うと、幸村さん、『さっきも言ったけど、巴を好きだから』って・・。

でもでもっ、まだ日が浅いのに!



「確かに日は浅いかもしれないね。
 だけど人を好きになるのに、時間は関係ないみたいだ。
 俺がそうだったから。」


・・・・

・・・私、もしや・・すごいコト、言われてる・・?



「俺ね、ちょっと人生観が変わったんだ。」


人生観?
あ、もしかして病気のこと・・?手術して大変だったって。噂で聞いたくらいで。
幸村さん、自ら話をしなかったから、私もあえて聞かなかったけど・・・。



「―――― ・・」

「・・・・」



淡々とした口調の幸村さんの中に、
うまく言えないけど、 苦しいような悲しいような感情が見えて――。

そして、核心をついた。



「テニスが出来なくなるかもしれないって事もそうだったけど、
 それ以前に、自分は生きていられるのかって、不安だった。」

「・・・」

「こうして、健康な体に戻れた今、毎日思うことがあるんだ。
 明日は皆に平等に、必ずあるわけじゃない。
 だから、後悔のないように俺は、今日を生きようって。」

「幸村・・さん・・」

「去年の夏、巴に初めて出会って。そして今回も。なんて元気のいい子なんだって思った。」

「そ、それがとりえですから・・」


これは・・褒めてくれてる・・のかな?



「元気で真っ直ぐで、明るく、いつでも笑っていて、
 でもそれでいて、吃驚するくらい落ち込んだり・・激しく泣いたり、色んな顔を持っていて。
 生命力に溢れてるって言うのかな。何だかとても惹かれたんだ。
 好きという感情よりも先に、俺の心が巴に惹かれた方が早かったかもしれない。」

「・・・・・」



私は、ただ黙って。

心が捉えられるってきっと、こんな感じだと思う。


「この気持ちを伝えずに、もし、どちらかに何かあったら、俺は悔やむ事しか出来ない。
 それに、そんな大げさな話でなくても、
 巴にこれから好きな人が出来たり、青学の誰かが巴に告白するかもしれない。

 俺は学年も違うし他校だから、そんな事知らずに、ただ巴のことを考えるだけの日々を送る・・、


 ・・・それじゃ何も伝わらないし、始まらない。」




春の日差しが、暖かかった。




「少しでも可能性があるなら――」

「こんな私で良かったら、よろしくお願いします!」



幸村さんの次の言葉を聞かず。

自分でも驚く、いきなりな展開にしちゃったけど、私は頭を下げたんだ。



ごく自然に。




****



帰り道。

幸村さんはもう一つ、私を驚かせた。


「巴。」


差し出された手をぎこちなく繋いでみると、私と同じで、皮が固くて豆があって。
私と同じで、ラケットを握ってばかりいる手で。

だけど大きさが全然違った。

とても温かくて、心がくすぐったい気がしたよ。



でも、それに浸る間もなく。


もう一度、【巴】と呼ばれ、隣を見上げて目が合ったと思ったら―――




・・・・
・・・・・・


「・・?・・・え?」



えっと・・・

ええっと・・・・?・・!?






「聞かれる前に答えるよ。巴にキスがしたかったから。」






***********




「うー・・」

「巴?」

「ゆきむらさんのさくし〜」

「巴ってば、起きて。」

「!?」

「おはよ。」



うわっ、あっ、ここ私の部屋じゃないや。
だって、上から幸村さんが覗き込んでくるし、

おまけに私、ソファーで寝ちゃってて、幸村さんのひざまくらのお世話になってる・・。


「あっ、ごめんなさい!重かったよね!?」
「ううん、ちっとも。昔も言ったけど、女の子1人支えられない程、ヤワじゃないって。それより・・」


それより?


「どんな夢見たの?」



“俺のこと、策士とか言って”、って、軽〜くほっぺたつねられちゃった。

でもちっとも、痛くないよ。
幸村さん、策士だけど優しいから(笑)

私はへへって笑いながら、夢の顛末というより、昔の思い出話をね、
自分の感情を含めて話したんだ。



「だってあの時、“呼ばせてほしい”って言った後、俺が遮らなかったら、
 巴はきっと、“いいですよ”ってすぐ返事したでしょ?」

「まあ、そうだけど。」

「やっぱり。まだ知り合って日が浅かったけど、巴、鈍そうだなって思ったから。
 俺のことをちょっとでも考えてほしくてね。」

「あーっやっぱり!あの時はまだ、幸村さんのこと、意地悪だなんて思ってなかったから!」

「あれ?俺って意地悪なの?策士だけじゃなくて?」

「うっ・・。」


私はソファーで幸村さんに寄りかかっているから、至近距離なんだけど、目を逸らす。
幸村さんのこうしたからかいには、何年経っても勝てないから。

なんか、私ばっかり、いっつも幸村さんにドキドキさせられてるなあ。


「巴。」

なあに?って返事の代わりに、首をひねった。


「巴っていつまでも、俺のこと、幸村さんって呼ぶよね。」

「だって〜幸村さんは幸村さんだもん!
 敬語で話さないようになっただけでも進歩だと思うけど・・。」


そうだよ。大進歩だよね。
敬語使わないでいいよって言われたの、付き合ってどれくらいの時だっけ?
その時はほんと全っ然、慣れなくて。
だけど不思議なことに。
ちょっとずつだったと思うけど、気付いたら、いつの間にか普通に喋ってる私がいた。

あの頃じゃ考えられないよ。


「うん、巴はすごいね。立海の幸村に敬語を使わない後輩がいるなんて、考えられないよね。」


幸村さんがまたそんなこと言うから、
私は、えいっと、クッションを幸村さんの顔に押し付けた。


「フフ、巴は特別だって。それより呼び方変えてみない?」

「えーっ今更無理!」

「そんなこと言わないでよ。2人でいる時くらいいいじゃない?」

「うーん、そっかあ。えっと・・あっ!」

「うん、何?」

「・・・ふふふ〜。」

「何、気になるなあ。」



懐かしいこと、思い出しちゃった!




「お兄様!」

「えーっ?」


そうだね、お兄様っていいかも(笑)







「あの合宿の時に、見た夢で、私・・・ ――――― 」






「紫のゆかり」の紫さんより、当サイト100万ヒット記念のお祝いで頂きました!
「幸村&巴で甘々」でお願いしたのですが、もう、何という幸村ワールド!!!
策士幸村最高です!!(≧∇≦)
ちょっと強引なところがこれまた萌え!幸村らしいですね!!
ああ、もう、素敵すぎて鼻血が止まりません!!!
巴と一緒にドキドキさせてもらいました(*^^*)
幸せです!!

紫さん、素敵なSSをありがとうございました!!




戻る