『降っても晴れても』



 『手塚は九州に行く事になった――。』

其の言葉を聞いた瞬間、僕は心臓が止まるかと思った。

氷帝戦での熱戦を終えた直後から予想はしていた事態だが、やはりショックだった。

部員に知らされる以前から、彼の肩の状態は知っていた。

何時も自分に厳しく無理しがちな彼だから、想像以上に怪我の状態が悪いだろう事も。

しかし、突然聞いた言葉は思っていた以上にショックだった。


 そんな訳で、今彼と待ち合わせをしている。

九州行きを知らされておらず静かに憤っている僕が部活後に夜逢いたいと提案したら、

あっさりと希望は通ったのだ。

何時もだったら「急な都合はつかない」と一蹴されてしまうのに。

彼にしたら、僕の行動等予想済だったのだろう。

だから、独りで夜の静かな公園で彼が来るのを待っている。

独りで待つ公園内は、人の気配は全く無い様だった。

ベンチに独り座って待つ僕の周囲は、静かで物音一つしなかった。

気温も、日中の暑さが嘘の様に少しひんやりとしていた。



【まるで僕のみしか居ない世界の様だ―――。】


そんな風に自嘲気味に感じてしまうと、余計に物悲しい気分になった。



【自分の身体を、自分自身を大事にして欲しい―――。】



彼の頑張る姿を観る度に思っていた。

自分の体に無理をしてまで頑張り続ける彼の姿には、時に勇気付けられ、

時に身を切られる様に切なくさせられる。

特に彼に対して特別な感情を持つ僕は、其の思いは一入だった。

しかし、そんな事は言えなかった。

自分の気持ちは何時も喉元まで出掛かるのに、言えなかった。

この大会には、彼の夢が掛かっているから。

「全国制覇」と言う積年の夢。

彼の傍に居続け、夢に掛ける思いの丈を知っているから言えなかった。

そんな風に、助言すら出来なかった事が今回の様な結果を生み出したのかもしれない。

大事な事程言えない僕は、根底では最も彼から遠い所に居るのかもしれない。

結局、彼の為に何も出来なかった僕は自分の無力さと不甲斐無さを痛切に感じていた。


『・・・・・・・・・・・・・・・・・!!不二!!』


何度か名前を呼ばれたのだろうか―――、気が付いた時には手塚の顔が間近に有った。

手塚が到着する迄の数十分間、結局僕は何時までも答えの出ない堂々巡りの考えをしてい た。

彼が到着した事にも全く気がつかない位に。


『如何したんだ―――、お前が呆けている事等珍しいな?』


先程の考えが頭を巡り素直になれそうも無かった。

彼の顔を見て話す勇気が無かった。

何も言えずに黙りこくる僕を手塚はいぶかしんだのだろう、―――ゆったりとした動作で

膝を折り僕の顔を覗き込んだ。


『如何した―――、体調でも悪いのか?』


僕に語りかける手塚の口調は何時もと変わらなかったが、何処か優しげな気がした。

その気使いが、余計に僕の心を頑なにさせた。


『―――――――――――――――――――別に。』


気持ちとは裏腹な冷たい態度しかとれなくなっていた。


『怒っているのか?―――待たせて済まなかった。』


優しい言葉と共に肩に置かれた彼の手は少し汗ばんでいた。

きっと走って待ち合わせ場所まで来たのだろう。

しかし、そんな事も余計に僕の気持ちを苛苛させた。


『―――――――――――――――――無い。』


『――――――――――――――――――うん?何だ?』


『何でも無いって言ったんだよ!!』


感情が爆発した。

思ったよりも大きな自分の怒声に自分自身も驚いた。

しかし、一度爆発してしまった感情はもう自分自身止められなかった。


『―――――――如何して、如何して言ってくれなかったんだ!!』


『僕は君にとって何なんだよ!?相談事も出来ない様な存在でしかないの?』


感情のままに言葉を吐き出す僕を、手塚は黙って見守っていた。


【――――――是は八つ当たりだ。自分の不甲斐無さを彼の所為にしているに過ぎな い。】


心の中では解っているのに止められなかった。

自分の中の感情が思っていた以上に息巻いて止める事が出来なかった。


『君の力になれない様な、君と同等に並べない様な存在でしかないのなら、僕なんて必要 な―――』


『不二!!』


其れまで黙って見守っていた手塚が割って入った。


『―――――――――言い過ぎだ。何を焦っているんだ?』


厳しい一喝と共に、手塚の視線が真っ直ぐ僕に向けられた。

強い意志の込められた真剣な眼差し。

其の綺麗な瞳を見た瞬間、僕の中の何かが溢れた。


『―――――――――――――――――、何を嘆く必要が有る?』


優しく頬に触れる手塚の手が、微かに濡れていた。

手塚の手を濡らしていたのは僕の涙だった。

感情の波が、最終的に溢れてしまった様だ。



『―――――――――――――僕は君の何なの?』



手塚へ問い掛けた質問は自分自身への質問だった。

僕は不安だったのだ。

彼の傍に居続けたのに何も出来なかった不甲斐無い自分。

そんな自分が彼に見合う存在なのか―――、不安だった。




暫く、沈黙が続いた。

沈黙を破ったのは手塚だった。


『何も言わずに居た事は澄まなかった、謝る。』


『―――――――――――、俺は怖かったんだ。』


『―――――――――――――――――怖かった??』


僕に言い聞かせる様に語る手塚の表情は穏やかで、少し気恥ずかしそうだった。

いぶかしむ僕に彼は更に言葉を続けた。


『お前は俺を過信し過ぎている。俺は―――――――、俺はお前が思っている様な万能な 人間などではない。』


『不器用だし、融通も利かない。加えて無表情だ。』


『俺からすれば、俺こそお前に見合う存在で居続けられるか。――――――不安で怖かっ た。』


感情表現をする事の不得手な彼が、自分自身の事を語るのは大変な苦労と労力が必要だっ ただろう。

照れながら語る手塚は、今まで僕が見た事も無い位真っ赤になっていた。

そして僕はと言えば、彼の意外な一面を発見して呆けていた。

 正直、かなり呆気に取られていた。

只一言―――、意外だった。

彼が自分の事をそんな風に考えていた事など知らなかったからだ。

如何やら僕等はお互いに思い合っていた故に擦違いをしていた様だ。

其の事に気がついたら、何だか可笑しくて笑ってしまった。

僕の笑いにつられて、手塚も笑い出した。

人気の無い公園で僕らは二人ぼっちで笑い合った。

公園内には僕らの笑い声だけが響いていた。

一頻り笑い合い、抱き合い、そしてキスをした。

初めて手塚と交わすキスはほんのり心に苦い後味だった。



 手塚の旅立ち当日―――。

空は素晴らしい位の夏晴れだった。

僕の心にも、もう迷いは無かった。

離れ離れになる事に不安が無いかと言えば嘘になる。

しかし、頑張れそうな気がする。

昨日彼が、相手に一歩踏み出す事への勇気をくれたから。


人の心は、不思議な位毎日変わる。

まるで天気の様に。

哀しみの雨が降る日や些細な事で満たされて晴れやかになる日もある。

でも、どんな事があっても信ずる事が出来れば頑張っていけると思う。

だから僕らはきっと大丈夫。


降っても晴れても―――。












蓮井奏さんにリクエストして書いてもらった小説です。
・手塚旅立ち前夜
・不二は手塚の怪我を知っている
・乙女系攻めな不二(笑)
・他は前回の不二塚SSと同じ
と言う設定だそうです。

手塚の旅立ちがあまりにもあっさりしていたのに不満があったので、
今回のSSをリクエストさせてもらいましたv
そしたらこのような素敵な不二塚が見られるとは!!!\(>▽<)/
『攻めなくせに何だか物凄い受け臭い(って言うか乙女臭い)(by蓮井奏さん)』とのことですが、 乙女系攻めな不二!とても素晴らしいですよvvv
そして何と言っても私が一番萌えたのは、前夜の最後のあのシーンです(笑)。
きゃー!(*/∇\*)
本当にありがとうございました♪


2003/8/25 イメージイラスト描いてみました。→こちらからどうぞ。



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